スラヴ世界研究所 (Institute of the Slavic World) (令和5年4月27日)
主任研究員・通訳・コーディネーター 河津 雅人
復活祭(イースター) 今回のトピックは、復活祭(イースター)です。今年2023年はカトリックでは4月9日、正教会では4月16日に祝われました。復活祭は、キリスト教最大の祭日で、スラヴ地域において、カトリックだけでなく、正教会(Orthodox Church)の催事で最も盛大に祝われます。 英語では「イースター(Easter)」、ポーランド語では「ヴェリカノツ(Wielkanoc)」、チェコ語では「ヴェリコノツェ(Velikonoce)」、ウクライナ語では「ヴェルィクデニ(Великдень)」、ロシア語では「パスハ(Пасха)」と呼ばれます。 復活祭の起源はユダヤ教の「過越の祭」ですが、キリスト教では新約聖書に基づいて、磔刑に処されたイエスが死から蘇った日と考えられています。春分直後の満月のあとの最初の日曜日と定められているので、年によって日付は移動します。これは、ほぼ3月末から4月末にかけての期間にあたります。 正教会はユリウス暦(旧暦)を採っているので、カトリックの復活祭の日付とは必ずしも一致しません。復活祭の前には7週間の精進期間が設けられていて、その間は肉食が禁じられています。精進が明ける土曜日の深夜から教会で夜を徹してキリストの復活を祝う儀式が始まります。その儀式の節目節目で司祭が「キリストは復活せり(ロシア語ではХристос воскрес!フリストス・ヴァスクリェース)」と唱えると、会衆は「実に復活(ロシア語ではВоистину воскрес!ヴァイースチヌ・ヴァスクリェース)」と唱和します。儀式のあと、精進明けのご馳走が振る舞われます。 キリストの復活は春の自然の復活のイメージと重なり合い、輝かしい春の祭りとなります。スラヴ諸民族が住む東欧地域に残る民間信仰は、キリスト教が伝わり、受容される以前に信じられていた、自然の事象事物の中に神々や精霊の存在を見出す多神教に基づいた信仰のことを指します。慣習はスラヴ諸民族の間で共通するところが多いですが、各国、各地域で独特な形で受け継がれていきました。キリスト教の受容は、それ以前から現地に存在していた民間信仰を完全に否定し、それに取って代わったわけではなく、民間信仰における慣習や祭りをキリスト教の歳事に投影される形で残されています。
復活祭の日には様々な儀式的行動がみられます。例えば、多くの東欧スラヴ地域で「パスカ」と呼ばれるケーキなど焼き菓子が作られ、食卓に並びます。
[写真:ロシアのアナスタシアさんのお宅:イースターエッグ(食用)とパスカ(ケーキ)]
[写真:ロシアのエヴァさんのお宅:左:彩色卵とパスハ(ケーキ)、右:クーリチ(焼き菓子)]
[ポーランドのアンナさんのお宅:焼き菓子]
[ウクライナのアナスタシアさんのお宅:パスカ(ケーキ)] 復活祭の日に行われる地域の伝統行事 チェコやポーランドでは日曜日の復活祭と翌日月曜日「イースター・マンデー」も国民の祝日をなっています。 チェコでは、復活祭の翌日の月曜日「イースター・マンデー」には、樹木の生命力が人体に宿るように、青年が若い柳の小枝で編んだ鞭で女性の尻を叩きます。叩かれた女性は男性に生命のシンボルである彩色卵(イースターエッグ)を渡し、火曜の朝には逆に男性をひっぱたき返します。この伝統行事を「ポムラースカ(Pomlázka)」と言います。
写真:チェコの新聞「LIDOVSKY.cz」より[https://www.lidovky.cz/domov/je-pomlazka-mila-tradice-nebo-barbarsky-zvyk.A140421_104725_ln_domov_ani] ポーランドでは、復活祭の日に地上にあるすべての水が聖水として大切にされています。翌月曜日「イースター・マンデー」には、聖水が色々なものにかけられるが、誰にでも水をかけてもいい習慣になっているため、男性が好きな女性にかけたり、子ども同士がふざけて通行人にかけたりする光景も見られます。この伝統行事は「シミグス・ディングス(śmigus dyngus)」と呼ばれています。また、この日には特別な輪舞の歌が歌われ、踊られています。
写真:ポーランドの新聞「ポ・ゴジーナフ(PO GODZINACH)」より [http://po-godzinach.com.pl/co-zrobic-aby-smigus-dyngus-byl-przyjemny/] ウクライナの田舎では「ポプラ運び」と呼ばれる儀礼が復活祭、または聖霊降臨祭に行われます。これはひとりの娘を「ポプラ」に見立て、彼女と一緒に家々をまわり、春迎えの歌が歌われます。
イースターエッグ(復活祭に作られる彩色卵)
復活祭に様々な色と模様で飾られた彩色卵(イースターエッグ)を作り、贈り物とする風習は東欧のほとんど全域に広がっています。ポーランドからチェコにかけてのラウジッツ地方などでは彩色卵(イースターエッグ)をメー・ポールにかける風習がありましたが、この彩色卵(イースターエッグ)を用いた様々な遊戯は東欧各地に知られています。 復活祭に作られる彩色卵(イースターエッグ)はロシアでは赤を基調としていますが、そのほかの東欧地域では様々な色と模様で華やかに飾られています。 ウクライナでは「ピーサンキ(писанки)」と呼ばれ、その最大の特徴は彩色卵の製法と図案にあります。家庭ではゆで卵の殻に食用色素で色付けしたり、シールを貼ったりします。また、木製の卵に絵の具を用いて絵や幾何学模様を描いたお土産もよく見られます。
[写真:ウクライナのアナスタシアさんのお宅:「ピーサンキ」] 本来、「ピーサンキ」と呼ばれるべき伝統工芸品としての彩色卵は、本物の生卵に「ロウケツ染めの手法」で図案を色付けするという特徴を持ちます。「ロウケツ染めの手法」とは、染色したくない部分にミツロウを塗っては別の染色液に浸すという工程を何度も繰り返し、最後にミツロウを溶かして拭き取ることで、ミツロウによって次の色に染まらなかった部分にそれぞれの色が残り、多色使いの模様が染め付けられるという手法です。本物の卵を使った彩色卵は普通、ゆで卵を用い、食用を目的としているのに対して、「ピーサンキ」は生卵を用い、食用を前提としていません。但し、お土産として売られている「ピーサンキ」は中身が抜いてあります。卵は重要な栄養源であり、病気を治したり、災厄から守ってくれる不思議な力があるという、キリスト教の受容以前に信仰されていた多神教に基づく民間信仰の影響が残されているといわれています。「ピーサンキ」の模様の図案の多くは太陽や星、火、動植物やその一部など自然の事象をモチーフとした幾何学模様です。このような図案のモチーフは、スラヴ古来の伝統的な模様であるといわれています。 参考文献:
伊東孝之他(監修)『東欧を知る事典』平凡社、2001年、426頁。 川端香男里他(監修)『ロシアを知る事典』平凡社、2004年、635-636頁。
薩摩秀登(編著)『チェコとスロヴァキアを知るための56章』明石書店、2003年、190頁。
服部倫卓、原田義也(編著)『ウクライナを知るための65章』明石書店、2018年、216-217、221-223頁。
森安達也編『スラヴ民族と東欧ロシア』山川出版社、1986年、330頁。
渡辺克義(編著)『ポーランドを知るための60章』明石書店、2001年、150-151頁。
引用サイト:
"LIDOVSKY.cz"
[https://www.lidovky.cz/domov/je-pomlazka-mila-tradice-nebo-barbarsky-zvyk.A140421_104725_ln_domov_ani]
"PO GODZINACH"
[http://po-godzinach.com.pl/co-zrobic-aby-smigus-dyngus-byl-przyjemny/]
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